第80回大潮展は平成30年12月13日(木)〜12月20日(木)東京都美術館2F第3・第4展示室
(東京都台東区上野公園)で開催を予定しています。12/17(月)は休館日です。


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大 潮 会 沿 革
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▼ 「美術教育が国民の情操陶治に果たす役割の重大さを痛感、全国の美術教育家を結集し研鑚の機関」とする浦崎永錫の呼びかけによって昭和11年7月に大潮会を創立。

▼ 会長に貴族院議員・加納治五郎、顧問に帝室技藝員・朝倉文夫、和田英作を迎える。各派を網羅した画壇の重鎮に審査を委託し、応募作品を公平不偏に鑑別し、文部省後援のもと第1回展覧会を同年11月、東京府美術館で旗揚げし大きな成果をあげる。

▼ 第3回展 (昭和13年) には後任会長・侯爵小林捷治が就任、第5回展から会長に浦崎永錫が就任、新たに帝室技藝員・石井柏亭を顧問に迎える。大潮会は「写実に立脚した作品を健康美術と称え、写実主義を絵画芸術の最高の理念」とし毎年展覧会を開催する。大潮会は美術界発展の原動力ともなり、各画壇から注目される美術団体に至る。

▼ 戦時中は多くの公募展は中止されるが、大潮会は非常時下でも文部省の格段の理解と温かい激励、全国教育者の熱意とで、中断することなく開催される (戦時中の開催は大潮会のみ) 。

▼ 戦後は、大潮会の国家的・文化的使命を更に発展させたいと言う願いから第11回展 (昭和22年) から学生部、第14回展 (昭和25年) からジュニア部を併設し幼・小・中・学生・教育者と一貫した教育美術の公募展とした。第32回展 (昭和43年) 以降は文化庁と日本教育新聞社の後援のもとに開催する。

▼ 創立以来、大潮会を出発点として画壇各派に進出した夥しい数の作家は、わが国画壇の枢核をなし、また、画壇の頂点に立った作家は多い。第38回展 (昭和49年) に体質を改する。即ち「教育家の部」を「一般の部」に改め、会員の他会派への重籍を禁止し堂々たる美術団体へと脱皮する。

▼ 昭和14年 (第4回展) に福井支部が結成される。昭和35年 (第24回展) に岡山支部、昭和45年 (第34回展) に青森支部、会津支部、昭和49年 (第38回展) に鳥取支部、昭和50年 (第39回展) に愛知支部、大分支部、平成7年 (第59回展) に厚木支部、平成8年 (第60回展) に埼玉支部、平成9年 (第61回展) に近畿北陸支部が誕生する。

▼ 各地の支部は、支部展や小品展の開催、研究会や写生会を実施し、その活動は目覚ましい。特に大潮会愛知展は本展の巡回展として昭和50年 (第39回展) より豊橋市民文化会館→豊橋美術博物館での開催を経て昭和59年 (第48回展) から愛知県美術館ギャラリーで開催する。

▼ 愛知刈谷展は昭和58年 (第47回展) から愛知県在住の会員と一般出品者の本展に向けての研修と親睦を目的とし刈谷市立美術館での開催を経て平成10年より岡崎市立美術館で開催する。

▼ 会長・浦崎永錫が平成3年8月、第55回展開催を目前に永眠。全会員の推挙で浦崎武彦が会長に就任。創立理念、主義主張を変えることなく組織を近代化するため理事会を設置し理事会は重要案件を決定する機関とし専任の事務局長を配置する。このようにして大潮会の歴史と実績は一大展覧会へと発展する。

▼ 「日本写実派の殿堂」大潮会は、平成8年、創立60周年記念展を開催。記念誌、画集を刊行し記念式典・祝宴を盛大に挙行する。

▼ 大潮会愛知巡回展は平成21年度から支部展に移行し、名称を大潮会愛知岡崎展とする。第73回展(平成21年12月1日〜14日)を東京都美術館で開催する。

▼ 東京都美術館改修工事のため平成22年度と平成23年度の大潮展本展は中止し、支部展のみを開催する。平成24年7月に鈴木睦美 元理事長が死去。

▼ 東京都美術館改修工事後は、施設使用の条件が大幅に変更された。従って第11回展(昭和22年)から併設の学生部、第14回展(昭和25年)から併設のジュニア部は公募を中止し、永年の歴史に幕を降ろすことになる。第74回大潮展(本展)は平成24年度11月26日〜12月2日開催(一般の部)する。

■ 第80回大潮展(本展)の会期は平成30年度12月13日〜12月20日開催とする。